入口の扉は鍵が掛かっておらず、簡単に開いた。中に入り、まず目に飛び込んできたのは、たいそう豪華だが蜘蛛の巣の張ったシャンデリア、そしてそこだけでもちょっとしたダンスパーティの催せそうな吹き抜けの玄関ホール、中央には幅の広い階段があり、そこに敷かれた絨毯も高価そうである。それだけではなく、他の調度品も時代を感じさせ、ここの主が以前はこの辺りの領主か余程裕福だったのだと想像させるに難くない。しかしどれも手入れが行き届いておらず、今は全てが蜘蛛の巣か埃にまみれている。
ホールは静まり返っており人の気配はない。私は声を上げ呼んでみたが誰も現れない。仕方なくホール中央まで進み、もう一度叫ぶが、反応はなかった。
辺りを見回すとホール右手の壁に大きな肖像画が飾ってある。主を描いたものだろうか?それともその先祖の者か?良く見ようと絵に近付いた時、私のすぐ後ろから若い女の声がした。
「何か御用でございますか?」
驚いて振り返ると、そこには古風なメイド服に身を包んだ、東洋系の少女が立っている。どう見積もっても10代半ば、まだ幼さの残るその顔は、何処かしら人ではないような、まるで人形か人外のものと感じさせる妖艶な美しさがあった。体は華奢で、今にも折れてしまいそうな四肢、胸は大きくはないが腰が細く、まるで砂時計のように括れている。
何時の間に現れたのだろうか?まったく気配を感じさせずに・・・。
考えながらも私はつい彼女に見入ってしまっていた。その透き通るように白い肌はまるで高価な磁器のようだ。ややつり気味の目は瞳が大きく微かに紅味を帯び、グラスのように艶っぽく輝いている。その瞳が不思議そうに私を見つめ返し、わずかに口が開くと、そこから鈴のような声を発する。
「あの・・・。」
我に返り、ここに辿り着いた経緯を辿々しく説明する。
「それはお困りでございましょう。充分なお持て成しは出来ませんが、是非こちらにお泊まり下さい。」
その言葉と彼女の笑みにほっとしながらも、建前上、迷惑ではないかと尋ねた。
「あの森は麓の村の者でも迷います。旅の方なら尚更ですわ。・・・それに、この屋敷にお客様が尋ねて下さるのも久しぶりの事でございますから。」
客室へ案内される間、一言礼を言おうと主の所在を尋ねる。
「申し訳ありませんが、主はただいま仕事の都合で留守にしております。」
案内された部屋はこじんまりとしてはいたが、家具や調度品はホールと同じく豪華なアンティークで統一され、ここは掃除が行き届いているのか埃ひとつなくシーツも清潔であった。
「なにぶん今は私と執事の二人しか居りませんので、行き届かない事もあると存じますが、何なりとお申し付け下さい。お食事もすぐお持ち致します。」
私は思わぬ持て成しに恐縮しながら、何度も礼を言う。
「とんでもございません。主からも常々ここに来られるお客様はどなたでも丁重にお持て成しするよう言い付かっております。・・・ただ一つだけ注意していただきたい事がございます。この部屋以外はあまりお出にならないようにお願い致します。なにぶん古いお屋敷ですので掃除もままならず、また主が大切にしておられる調度品などもございますので・・・。」
私は再び礼を言い、最後に彼女の名前を尋ねた。
「申し遅れました。私、メイファと申します。」
そう言うと彼女は音も無く静かに部屋を出ていった。